1989年の映画公開から20年以上経ちますが、ジブリシリーズの中でも絶大な人気を誇る魔女の宅急便

見習い魔女のキキが失敗しながらも街の人々に助けられながら成長していく様子が描かれています。

森の中で出会う絵描きの少女ウルスラの描く絵には実はモデルとなった絵があったようです!

今回は、魔女の宅急便、ウルスラの絵はモデルがあった!横顔はキキ?についてまとめていきます。

 

 

魔女の宅急便、ウルスラの絵はモデルがあった!

物語の途中でキキが宅配中の荷物を森に落としてしまい、荷物を拾った絵描きの少女ウルスラの家でペガサスが描かれた巨大な油絵が出てきます。

実はこの絵は原画(モデル)があり、1976年に青森県八戸市立湊中学校養護学級の生徒数人と坂本小九郎氏の指導によって描かれた共同作品「星空をペガサスと牛が飛んでいく(虹の上を飛ぶ船 総集編Ⅱ)」の一部なんです。

元となった共同版画「星空をペガサスと牛が飛んでいく」はこちらです。

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出典:1976年青森県八戸市立湊中学校養護学級共同制作「(虹の上を飛ぶ船 総集編Ⅱより)星空をペガサスと牛が飛んでいく」 作画指導 :坂本小九郎

版画なので白黒なこともあり、映画に登場する油絵とは随分印象が違いますよね〜!

ペガサスの目は片方だけですが牛の両目が正面を向いていて、一瞬パブロ・ピカソのゲルニカという作品を思い出しました。

この絵を見て大変感銘を受けた宮崎駿監督が作画指導した坂本小九郎氏の了承を得て、トトロの美術監督である男鹿和雄氏によって加筆や修正が加えられたそうです。

男鹿和雄氏の手によって、原画とはまた違ったとても神秘的な仕上がりになっているんですね。

当時、坂本小九郎氏は養護学級の生徒との制作にあたり、次のように語っています。

稚拙なものを排除することなく、一人ひとりの個性、異なる力がひとつの画面のなかで合わさるような共同制作がありえないだろうかと考えました。

そのように各人がそれぞれのかたちで生きていくあり方が大事だと思うんです。

 

引用元:10+1website 第2回:子どもたちとともにつくった学び合う場より

坂本小九郎氏が実際に養護学級の生徒と接して、勉強が出来る出来ないではなく一人ひとりの人間として向き合うことが基本とおっしゃっています。

原画の右下には、窓から顔を出す子どもが描かれており、小さな頃から両親の帰りが遅く1人で過ごすことの多かった子どもが描いたそうです。

家の上に描かれているサソリは、ザリガニ好きな子どもが描いたものだったりと複数人で1枚の絵を作り上げたのでそれぞれの絵のパーツに子ども1人1人の生活背景や心情が投影されているのですね。

 

 

魔女の宅急便、ウルスラの絵に描かれている横顔はキキ?

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出典:スタジオジブリ1989年公開作品「魔女の宅急便」より

上記で紹介したように、劇中に登場する巨大な油絵はトトロの美術監督である男鹿和雄氏によって加筆や修正が加えられていますが、ペガサスの上に描かれている横顔は誰なのでしょうか?

調べたところ、横顔はキキでペガサスはホウキを表しているようでした。

よく見ると、ウルスラの住むログハウスのような建物の上に空を見上げる人も描かれていますよね?

ホウキに乗って表れたキキとウルスラとの出会いを表現しているのだと思います。

 

キキ「私、前は何も考えなくても飛べたの。でも、今はどうやって飛べたのか、分からなくなっちゃった。」
ウルスラ「そういう時はジタバタするしかないよ。描いて、描いて、描きまくる!」
キキ「でも、やっぱり飛べなかったら?」
ウルスラ「描くのをやめる!散歩したり、景色を見たり、昼寝したり、何もしない。そのうちに急に描きたくなるんだよ。」

 

キキがウルスラと出会った時、前は何も考えなくても飛べていたのにホウキでの飛び方が分からなくなり自信をなくしていました。

年齢や育ってきた環境は違いますが、ウルスラとの交流によって自信を取り戻したキキが大空に羽ばたく様子が描かれているのではないかと思いながらいつも観ていました^^

キキとウルスラの言葉が自分にも当てはまるようで染みますね〜。

 

 

魔女の宅急便、ウルスラの絵はモデルがあった!横顔はキキ?まとめ

今回は、魔女の宅急便、ウルスラの絵はモデルがあった!横顔はキキ?についてまとめました。

魔女の宅急便は何度観ても面白くて楽しい気持ちになりますよね♪

ウルスラの絵にも色々な背景があるのを知ると、また違った目線で観られますね。

最後までお読み頂きありがとうございました!